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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)603号 判決 1977年11月28日

控訴人

清水善次郎

右訴訟代理人弁護士

中村護

外七名

被控訴人

北越工業株式会社

右代表者

石田政雄

右訴訟代理人

真鍋博徳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人がエアマンロータリーコンプレツサーを製作する会社であつて、本件機械を製作したことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

控訴人は訴外清水工業株式会社山梨工場の工場長(同会社の専務取締役)であるが、昭和四九年五月二二日の事故当日の朝同工場の作業員に対し工場内の整理・整頓をするよう注意しておいたのに、同日午前一一時三〇分頃、控訴人が用便の帰りに本件機械を見廻つたところ、オイルクーラーの上部(巾は一二センチメートルである。)に長さ約三〇ないし四〇センチメートルの作業用布切れ(俗にウエスと呼称しているもの)が置いてあつたので、控訴人は本件機械の作業員が整理整頓を怠つたことに立腹しながら右布切れを右手で持つて一、二回動かし、前記オイルクーラーの端から23.4センチメートル離れたフアン外周部の空間部分(空間部分とはフアンを囲む円筒型のフアンガードの曲面部分が開いているために生じている間隙のことをいう。別紙図面参照)付近まで接近させたため、右布切れがフアン外周部の空間部分に吸い込まれて回転中のフアンに絡みつき、控訴人が布切れから手を離す余裕もないまま右手をフアンに接触させ、よつて、右手の第四指(薬指)の末節、中節及び基節頭と第五指(小指)の末節、中節及び基節の三分の一を失う傷害をうけたことが認められる。

三控訴人は、右傷害は本件機械の安全性の欠陥に起因するものであると主張するので、以下、この点について検討する。

1  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  前記訴外会社山梨工場では、プレス、板金塗装、一般部品、自動車部品の加工をしているが、昭和四九年三月頃訴外会社は本件機械を同工場で使用するプレス及びスポツト等の機械の動力源として購入した。

(二)  本件機械は、全長約2.8メートル、高さ1.15メートルの規模で、六〇馬力のモーターを有する空冷式、定置式のエアコンプレッサーであるが、運転時に発する騒音がかなり激しいため、訴外会社はこれを同工場の室内には設置せず、同工場の北側から約五メートル離れた別棟手洗所の西隣りに建てた小屋に設置した。

(三)  そして、控訴人の指示に基づき、班長が専ら本件機械の始動、停止の操作を担当し、同人において一日八回ないし一〇回、本件機械の作動、停止及びオイルフイルターの除去作業を行うほかは、危険防止のため一般作業員は本件機械に近寄らないよう注意されていた。

(四)  ところで、本件機械のフアンの半径は六〇四ミリメートル、フアンガードの円の半径は、六二四ミリメートルで、フアンの回転速度は毎秒二四回転である。フアンは丸棒で作られた円筒型のフアンガードで囲まれており、その前面は金属製ネツトでおおわれているが、フアンガードの曲面すなわち、フアン外周部には両側を丸棒で区画された巾五三ミリメートルの空間部分(間隙)があり、右空間部分があること及びその内部にフアンがあることは外見上明らかである(別紙図面参照)。そして、右空間部分は右のように丸棒で区画されているから掌を平らにし、もしくは曲げ、または握つたままの状態では、手をフアンのある部分まで入れることができないが、手を真直ぐにして突つ込めば、挿入が可能である。また、フアンの回転により吸入される空気の風速は、右空間部付近で秒速2.7メートル程度であつて、手が吸い込まれる程ではないが、布切れ等の軽い物体を近付ければ容易に吸込まれることが明らかである。なお、右空間部分にはフアンガードを支える直径六ミリメートルの丸棒が横渡しに一四本ついているが、これはフアンガードを支える機能を有するにすぎない。

(五)  被控訴人の製作にかかる本件機械の旧型はフアンをシユラウドの中に入れていたが、昭和四四年一二月にフアンの吸入、排出風量を多くしてオイルクーラーの効率をあげるため、フアンをシユラウドの外に出してフアンガードで囲い、フアンガードの内部でフアンが回転する構造に改めた。そして、右改造により、本件機械は旧型に比べて風量が約一七パーセント増加したため、オイルクーラーの効率が高まつた。また、本件機械と同型の空冷式コンプレツサーは右改造後本件事故発生時まで約五年間に三〇〇台位、その後現在まで約二〇〇台位製作されたが、本件以外に事故の発生はなく、被控訴人はその後も本件機械と同様に空間部分のある空冷式エアコンプレツサーの製作を続けている。

以上の事実が認められる。

2 控訴人は、フアン外周部の空間部分の巾は成人の手がたやすく、入つてしまうものであるから安全性に欠陥があると主張する。しかし、前記のとおり、右空間部分に手が入るのは、手を真直ぐにして突つ込む場合のみであるところ前記認定の本件機械の設置場所、使用目的及び本件機械が専門作業員によつて操作されるものであることに照らしてみると、フアンの作動中にかような事態が発生することは稀有かつ異常なことというべきであり、かような事態は製作者が通常予見しうる範囲の出事来とは到底認められないから、右空間部分に手が入りうることを挙げて、本件機械が安全性に欠陥があるとの控訴人の主張は採用できない。

3 次に、控訴人は右空間部分における吸気風速が手を吸込むほどではないが、布切れ等を吸込むには十分であるから、物が吸い込まれてフアンに接触しないような安全装置を施すべきであると主張する。しかし、本件機械は、前記認定のとおり、工場用の動力源として使用されているコンプレツサーで、激しい騒音を発し、しかも冷却用のフアンが高速で回転するため不用意に近付くことが危険であること、ましてや運転中に布切れ等をもつてフアンの近くに接近することがいかに危険であるかは多言を要せずして明白である(それ故、控訴人は危険防止のため、一般作業員が本件機械に近付かないよう注意するとともに、本件機械の操作を専門の作業員に担当させていたこと前記のとおりである)。しかるに、本件においては、控訴人が前記のとおり自ら右の明白な危険を冒して布切れをフアン外周部まで接近させたものであるから、かように危険を無視した重大な過失によつて惹起された事故を予想してまで、本件機械の製作者である被控訴人に対し、右事故を防止するための安全装置を施すべき義務を負わせることはできない。

4 さらに控訴人は被控訴人が前記空間部分に網のおおいをつければ、本件機械の性能に影響を及ぼすことなく、本件事故を防止することもできるのであるから、網の設置を怠つた被控訴人に安全装置設置義務違反があると主張する。なるほど、<証拠>を総合すれば、前記工場では、本件事故発生以来本件機械のフアン外周部の空間部分に着脱可能な金網のおおいを設けていること、前記工場の所在地は夏でも比較的涼しいところであるため、右おおいの取付によつて本件機械の性能に格別の影響のないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。したがつて、本件機械は右金網のおおいが取り付けられたことにより本件のような事故を防止するに足りる安全性を備えるに至り、かつ少なくとも前記工場で使用される限りにおいてはその性能に格別の影響がないことが認められる。しかしながら、<証拠>を総合すれば、本件機械はいわゆる汎用性を有する機械で、前記工場よりもさらに気温の高い地域においても使用されるものであるから、かかる場合には右空間部分に金網が取り付けられることにより冷却能力が低下しその性能に影響が生ずるおそれのあることが認められ、右認定に反する証拠はない。のみならず、機械の製作者は当該機械の利用者、使用の目的、方法及び設置の場所に照らして、通常予想される危険に対し必要かつ十分な安全装置を施せば足りるのであつて、ことに本件のような工場用機械については、一般公衆が取り扱い又は接近するおそれのある機械と異り、専門家がこれを操作するのであるから、製作者においてあらゆる危険に対し最高の安全性を有する機械を製作すべき法的義務を負わせるのは相当でない。もし、当該機械の具体的使用状況、設置場所等に照らして、特別の危険が予想されるときには、当該機械を利用する事業者において適宜その安全性を補完すべき措置を講ずべきものと解するのが相当である。

なお、控訴人は、被控訴人が本件機械と同型もしくは同種の機械について、前記空間部分をシユラウドでおおいもしくはこれを縮少した。ラジエーターを外注していると主張し、写真を挙示するが<証拠>によれば、右各写真に撮影のラジエーターは、いずれも被控訴人が外注したものでないことが認められるから、控訴人の右主張事実を証するに足りず、他に控訴人の前記主張を認むべき証拠はない。

要するに、本件においては、被控訴人には本件機械の安全装置として前記空間部分に金網等のおおいを取付るまでの法的義務があるとはいえないから、この点に関する控訴人の主張も採用できない。

四右によれば、本件事故は本件機械の安全性の欠陥によつて惹起されたものとは認められず、さきに認定したとおり控訴人の安全性を著るしく無視した所為によつて生じたものと認められるから、本件機械の製作者である被控訴人に対し、不法行為責任を問うことはできないものといわねばならないので、控訴人の本訴請求は、控訴人主張のその余の点について判断を加えるまでもなく失当というべきである。

よつて、原判決は相当であつて本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(松永信和 糟谷忠男 浅生重機)

別紙図面<省略>

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